牧野 信一

娘とドリアン

一

すゝきの穂が白んで、山道で行きちがふ子供達から青い蜜柑の香気がかがれる。――夕暮にちかい時分に岡の裏側にある競馬場へ行つて見ると、「シーズン」が近づいたといふので日毎に練習馬の数が増えてゐる。

僕は、馬や競馬に特別の興味を持つたことはないが、散歩に出かけるとそこの岡の上の木さくによりかゝつて、下に、盆地になつて見降される競馬場を中々面白く見物するやうになつてゐる。晴れの日の事は好くは知らないが、かうした静かな夕暮時に競馬の練習を見物してゐるのも、また一興といふほどの心地なのだつた。――さうしてゐるうちに、おゝ、彼女は! といふ風に遠眼でも、幾頭かの馬の名前なども覚えてしまつた。

ドリアン――。

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