牧野 信一
推賞寸言
田舎の明るい竹林のほとりに住んでゐる、私の或る知人の簡素な茶室に、一幄の懸物がかゝつてゐた。たしか五つの漢文字であつたが、うろ覚えだから誌すのは遠慮しておくが、私がその意味を問ふたら、これは、斯うして小さな一つのひしやくを持つて、一杯の湯を酌む――が、この一つの小さなひしやくを持つて酌んだ一杯の湯は、即ち一杯の宇宙を酌んだものである――と云ふやうな意味のことを説明された。私は、感心し、愉快であつた。そして私は、すゝめられた茶に不思議に微妙な、そして広大な風味を覚えながら、懸物の文字を眺めたことがあつた。
その後私は、佳き作品に出遇ふと屹度あの時の光景を思ひ出すのである。
変な前置を誌してしまつたが。
私は、この間「経済往来」(十一月号)で「当世胸算用」(近松秋江作)を読んで非常に感心した。沁々と、大家の作である――と思つた。正に、あの竹林の茶室で味ふた一喫の茶の味であつた。