牧野 信一
驚いた話
去年の冬であつた。私は非常に憂鬱であつた。身も世もなく憂鬱であつた。真夜中に至るに伴れて私のそれは私の魂をも奪つた。私は、何うする事も出来なくなつて、床の間に人型を作つて飾つてある鎧を身につけ、面当を被り、冑も執つて、真夜中の床の間に幾時間も凝つと模型になつてゐることがあつた。そして吾身の、此世に在ることを、せめても忘れたかつた。――
その夜も私は灯火を消して、框に掛けた鎧の中に凝つとこの身を閉ぢ込んで、怖ろしい無念無想に沈湎してゐた。
何時の間にか私は、街道に迷ひ出てゐた。静かな闇の夜であつた。冑が、深く鼻まで覆ふほどで、闇夜でなくとも、私の眼の先は殆んど真ツ暗であつた。私は、面あての口腔から外を見れば見る――それほど、それは私の身に不釣合であつたので、一層私は殆んど目を瞑つて、よたよたと歩いてゐた。たしかにこの方法は、頑固な私の憂鬱を想外のものとすべき奇妙な効果があつた。
不図私は、私の身近かに、