牧野 信一
月下のマラソン
一
……去年の春だつた。七郎は一時逆車輪を過つて機械体操からすべり落ち、気を失つた。
ふと吾に返ると沢田が汗みづくになつて自分を背負つてゆく。紅く上気した沢田の頬に桜の花が影を落してゐた。――その儘又沢田の背中で気が遠くなつて、病院の一室に、心配さうに凝と自分の顔を瞶めて居る沢田を見出したまでは、七郎は何にも知らなかつた。
同じ年の秋、T中学と対校マラソンが催された時、二人は選手の任を帯びて出場した。二人の勝利は自校の名誉を輝かしたのであつた。その時沢田は悦びのあまり、自分の手を堅く握つて、