牧野 信一

泣き笑ひ

ドンドンドン……といふ太鼓の音がどこからともなく晴れた冬の空に響いて居りました。私達は学校の退けるのを待兼ねて、駈けて帰りました。初午のお祭といふことが、此の上もなく私達を悦ばせてゐたのであります。自分達が主役となつて、大人の干渉を少しも受けずに何から何まで自分達の手でやることに、ある誇を感ずることが出来たのであります。ふだんは目上の人の指図の許にのみ暮してゐる自分達にとつては、かういふことで充分に日頃の鬱憤を晴らすことが出来たのであります。

お稲荷様の前には、もう二三日も前から仕度をして置いたので、莚と板切で作つた舞台がちやんと出来上つて居りました。私達にとつては、それが歌舞伎座の檜舞台よりも、もつと輝いた晴れの舞台だつたのです。そこで思ふ様太鼓をうち鳴らし思ふ様踊り回ることが、想つただけでもどれ程私達の血潮を燃したか解りませんでした。

楽屋には甲冑、槍、面などが沢山並べてありました。私達はその中に坐つて、何とも云へぬ喜に浸りながら、種々の愉快な相談をして居りました。

その中に近所の小さな見物人がドヤドヤと詰めかけて参りました。清ちやんと私は両手に力をこめて、太鼓に自分達の喜を含ませて、たゝき始めました。全く私達の喜は、声を張り上げて歌ふかはりに、打鳴す太鼓の音となつて、低く降りた空の鳥さへ驚かした程でした。

青空文庫の作品カード