牧野 信一
ランプの明滅
試験の前夜だつた。彼はいくら本に眼を向けてゐても心が少しもそれにそぐはないので――で、落第だ――と思ふと慄然とした。と、同時に照子の顔が彷髴として眼蓋の裏へ浮んだ。彼にとつて照子の存在が、彼が落第を怖れる唯一の原因となつてゐたので、然も彼は非常に強く照子の存在を意識してゐたから、非常に落第を怖れた。何故なら、
「妾、秀才程美しい感じのするものはないと思ふわ。妾は秀才といふ文字だけにでも、妾の生命の全部を捧げて、涙をこぼして恋するわ。」
「フン。」(彼は、自分が秀才でないといふことを照子が多少侮辱的に云つて居ると知つてゐた)と、つまらない事とセセラ笑つては居たものの、
「僕は照ちやんのやうなお転婆と結婚がしたいよ。」と胸に一縷の望を持つて、いつのことだつたか、戯談紛れに尋ねると、