牧野 信一
親孝行
「新一、遅くなるよ、さあお起き。」と耳もとで母の声――。おや夢かな、と思ふ途端、悲しくも夢ではなかつた。私は亀の子のやうに床の中にもぐつた儘、眼を開いた。――なさけない程眠かつた。即座に夢を見る、といふことが非常に容易な事だつた。――何も横着で起きないのぢやない、自分の体が目下凡ての物をさし置いて、たゞ睡眠だけを欲してゐるのだから止むを得ない。――どうかもう五分間だけ眠らせてくれ。その五分間を自分は何れ程有用に費すか知れないのだから……などと思ひながら再びウトウトした。
「新!」と先程より稍強硬な母の声!
「ウーム。」と私は、如何に今眠がつてゐるかを表すべく、更にもぐもぐと夜具を引き被つた。
「さあ、さあ、お起き! お起き!」