牧野 信一

首相の思出

昔、独逸のある貴族の家に大へんに可愛らしい、さうして美しい少年がありました。両親が非常に厳格だつたので、少年は無暗に外へ遊びに出ることが出来ませんでした。然し御殿のやうに立派な少年の室には、あらゆる書物や遊び道具がすつかり備へられてあつたから退屈をするやうな事は決してなかつたのです。遊び相手の召使も大勢居たけれど、何故か彼はそれ等の人達にとりまかれて、若様、若様とちやほや騒がれるよりも、天気のよい日には裏の花園へ出て昆虫を採集したり、雨の降つた日には自分の室で本を読んだり、母から買つて貰つた人形芝居を、独りでもてあそんだりすることが好きでした。

彼は人形芝居を操ることが日増に上手になり、王様や道化や女王などが、彼の心の儘に自由に動くやうになりました。人形を操つてゐると、何となく自分はある大きな力を持つた神様にでもなつたかのやうな気持になるのでした。何故なら、泣かせようと思へば直ぐに泣くし、喜ばせようと思へば手と足との糸を引きさへすれば、人形は飛び上つて喜ぶからです。

――人間の世界もこれと同じやうなものだ。自分は今この人形達の凡べての力を持つてゐる王なのだ。若し自分が大人になつて、世間の人々を此の人形と同じやうに操ることが出来たら、自分は世界の王様になれる筈だ――こんなことを彼は時々考へました。

それがだんだんに上手になつて、終ひには、たゞ泣かせたり笑はせたりばかりしてゐるだけでは満足が出来なくなつた彼は、或日のこと一所懸命になつてある芝居の筋書を作つて見ました。さうしてその筋書通りに人形を操つて見ましたが、自分としては非常に嬉しく満足しました。

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