牧野 信一

不思議な船

あゝさうか、今日は土曜日だつたね。諸君おそろひでよく来たね、さあ遠慮なくずつと此方へ来給へ。何、お話? またかい。よくお話に倦きないね。よろしいやるよ。面白いお話を。

静かにしてようく聞いてゐるんだよ。今は昔、昔は今と、即ちワンス、アツポン、エ、タイム、そこに一艘の船があつた。何とまあ不思議なことには、その船には船員がひとりも乗つてゐないのである。夫だのにその船の煙突からは絶えず濛々たる煙りが天に冲して溢れ出てゐる。一週間止つてゐるとまた一週間航海して来る。何の為に航海し、何の為に泊つてゐるのか誰も知ない。教会の牧師も大学の先生も、誰一人其理由を知る者はなかつたのである。町の人々は間もなく其船に幽霊船といふ名前を付て非常に怖れ始めた。船が一週間目に港に戻つて来ると、人々は怖がつてその一週間は決して外へ出なかつた。町の市場はヒツソリとして扉を閉ざし学校も休みになつた。(オイ純ちやん休みと聞いて急に膝を乗り出すない。)そんな風でその町では一週置きに仕事を休み休みしてゐたから、一年経つ間に、つまり他の町に比べて三分の一だけ文明の程度が遅れて了つたわけだ。それなのに人々は少しも気付かなかつたのである。二年目の春からは船の姿が見えなくなつた。人々は放たれた羊のやうにホツとして、急に働き始めた。その年から隣の町の沖合に例の幽霊船が現はれ始めた。ところがその町の町長は大へんに怜悧な人だつたから、早速部下の者に命じてボートを降さしめ、其の船の近くまで漕ぎ寄せた。

見ると驚いた。隣の町の人々が幽霊船と名付けて怖ろしがつたのも無理はない。今迄に人々が見たこともない、まるで小山のやうに大きな船だつた

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