牧野 信一
白明
医院を開いてゐた隆造の叔父が発狂して、それも他所目にはさうとも見られる程でもなかつたが職業柄もあつたし、家内の者達への狂暴は募るばかりで「酒癖が悪い」位ゐでは包み終せなくなつて、漸くのこと、三月ばかり前にS癲狂院へ入院させて以来――毎晩のやうに同じやうな叔母の愚痴話の相手になつて、隆造は夜を更さなければならなかつた。
「だけどね、隆さん。」と、叔母は炭をつぎながら云つた。「情愛てものは争はれないものだね。妾はつく/″\感心して居るのさ。だつてね。叔父さんがあんなに酷く酔つて、恰で気狂ひのやうに。」と思はず叔母は云つたのに気附いて、「アラ、まあ!」と寂しく笑つた。「いゝえ、さ、ほんとに。」直ぐに真顔に返つた叔母は、「どんなに酷く暴れてゐる最中でも隆さんが入ると恰で猫のやうにおとなしく変つて仕舞ふんだもの。だからお前さんの阿父さんが、彼奴はそらつかひだ、なんて疑つたのも無理はないね。」と沁々と云つた。
「さうですね。」隆造は、実際叔母の云ふ通りであつたから何の顧慮もなく斯う答へる事が出来た。少くとも彼は此ことだけは自分の力を信ずる事が――結果から見ても出来た。
「いつかの時なんかもう五分もお前さんの帰りが遅かつたら妾はそれこそ殺されて仕舞つたかも知れなかつたらう。」