牧野 信一

晩秋

一

僕はどうしても厭だ、と云つたが、みち子がどうしても行くんだ、と云つて承知しない。何故僕が強情を張るか、その理由はちよつと……云ひにくいこともないけれど、云つたつて仕様がないから、云はない。

「無性! 無性! 無性屋さん……」と叫んだかと思ふと、いきなりみち子は僕の背中をドンと打つた。

僕はウーンと仰山なうめき声を発して死んだ真似をした。――さうしてみち子に悟られないやうに、薄く眼を開いて見たら、もうみち子の眼眦には涙が溜つてゐた。何といふ泣き虫な子だらう、僕は苦々しく思つた。少し可哀さうなやうな気もしないでもなかつたが、一体僕は同情心が深過ぎる性質で、その性質を自分でよく知つてゐたから、これツぱかりのことでまたそんな心を起してはよくない、教育の為に宜しくない――などゝ気が附いたので、黙つてゐた。

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