牧野 信一

鞭撻

私は台所の隅へ駈けこむと、ながしもとで飯の仕度を手伝つてゐる母の袂にとり縋つて――仙二郎と一処に行くのは嫌だ、と云つた。が大声で喚くわけにもゆかず、たゞ無暗に鼻をならして駄々をこねた。

「どういふわけで、そんなに嫌なの……変だね。」母にさう追求されても私は決してその理由は審かにしなかつた。

どうあつても母は私に同意の色を示さないので私は不平の余り口惜し涙を滾すと、プツと頬ツぺたをふくらませて玄関へ来て了つた。さうして障子にとりついて、舌で障子の紙を舐めてゐた。

「お父ツちやん早く行くベエツたらよう、俺アもう飯なんぞ喰ひたかアねエだよう、こんなにぐづ/\してゐたら競馬はおしめエになつちまふづらアな。」

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