森 鴎外

半日

六疊の間に、床を三つ並べて取つて、七つになる娘を眞中に寢かして、夫婦が寢てゐる。宵に活けて置いた桐火桶の佐倉炭が、白い灰になつてしまつて、主人の枕元には、唯ゞ心を引込ませたランプが微かに燃えてゐる。その脇には、時計や手帳などを入れた小葢が置いてあつて、その上に假綴の西洋書が開けて伏せてある。主人が讀みさして寢たのであらう。

一月三十日の午前七時である。西北の風が強く吹いて、雨戸が折々がた/\と鳴る。一間隔てた臺所では下女が起きて、何かこと/\と音をさせてゐる。その音で主人は目を醒ました。

裏庭の方の障子は微白い。いつの間にか仲働が此處の雨戸丈は開けたのである。主人は側に、夜着の襟に半分程、赤く圓くふとつた顏を埋めて寢てゐる娘を見て、微笑んだ。夜中に夢を見て唱歌を歌つてゐたことを思ひ出したのである。

主人は、今日は孝明天皇祭だから、九時半迄には賢所に集らねばならない日であつたと思ひ出して、時計を見た。自用車で、此西片町から御所へ往くには、八時半に内を出れば好い。ゆつくり起きても、手水を使つて、朝飯を食ふには、十分の時間があると思つた。

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