小川 未明
般若の面
町からはなれて、街道の片ほとりに一軒の鍛冶屋がありました。朝は早くから、夜はおそくまで、主人は、仕事場にすわってはたらいていました。前を通る顔なじみの村人は、声をかけていったものです。
長かった夏も去って、いつしか秋になりました。林の木々は色づいて、日の光は、だんだん弱くなりました。そして枯れかかった葉が思い出したように、ほろほろと、こずえから落ちて、空に舞ったのであります。
もうこのころになると、この地方では、いつあらしとなり、あられが降ってくるかしれません。百姓は、せっせと畠に出て、穫りいれを急いでいました。鍛冶屋の主人は、仕事の間には、手をやすめて、あちらの畠や、こちらの畠の方をながめたのです。そして、天気がよく、ほこほことして、あたたかそうに、秋の日が平和に、林の上や、とび色に香った地の上を照らしているときは、なんとなく、自分の気までひきたって、のびのびとしましたが、いつになく曇って、うす寒い風が吹くと、これからやってくる冬のことなど考えられて、ものうかったのです。
ある日の晩方から、急にあらしがつのりはじめました。落ち葉は、ちょうど、ふいごを鳴らすと飛ぶ火の子のように、空を駆けて、ばらばらと雨まじりの風とともに、空へ吹きつけたのでした。