小川 未明
街の幸福
盲目の父親の手を引いて、十二、三歳のあわれな少年は、日暮れ方になると、どこからかにぎやかな街の方へやってきました。
父親は、手にバイオリンを持っていました。二人は、とある銀行の前へくると歩みをとめました。そこは、石畳になっていて、昼間は、建物の中へはいったり、出たりする人々の足音が鳴るのであったが、夜になると、大きな扉は閉まって、しんとして、ちょうど眠った魔物のように、建物は、黒く突っ立っていました。
親子のものには、このうえない、いい場所であったのです。ほかの人に、その場所を取られてはならないと思って、まだ、あたりの暗くならないうちから、やってきて、しょんぼりと、扉のわきに背を寄せて立っていました。
やがて、街には、燈火が、花のように輝いて、頭の上の空は、紫色に匂い、星の光があちら、こちらと、ちりばめた宝石の飾りのようにきらめきはじめると、街の中を、ぞろぞろと男女の群れが、ざわめきたって流れたのでした。