小川 未明
貸間を探がしたとき
一
春の長閑な日で、垣根の内には梅が咲いていた。私は、その日も学校から帰ると貸間を探がしに出かけた。
その日は、小石川の台町のあたりを探がして歩るいた。坂を登って、細い路次にはいって行った。赤い煉瓦塀についたり、壊れかけた竹垣に添ったりして、右を見、左を見たりして行くと、ふと左側のすぐ道ばたの二階家に、「貸間あり」の紙札が下っていた。
私は、先ず外から立ってその家の有様を眺めた。古い家で、四角な、そう大きな家でなかった。そして、二階家といっても非常に低くて、背伸をしたら、二階の内部が往来からでも見えそうであった。思うに、その家は、可なり低地に建っていたものと思われる。何しろ、私が学校に行っている時分のことであって、もうかれこれ二十年近くの昔になるから、はっきりとした、その時の印象が浮んで来ないのに無理はない。しかし、その壊れかけた垣根のうちから、外の方へ差し出た梅の枝には、ぽつらぽつらと白い花が咲いていた。