小川 未明

稚子ヶ淵

もう春もいつしか過ぎて夏の初めとなって、木々の青葉がそよそよと吹く風に揺れて、何とのう恍惚とする日である。人里を離れて独りで柴を刈っていると、二郎は体中汗ばんで来た。少し休もうと思って、林から脱け出て四辺を見廻すとすぐ目の下に大きな池がある。二郎は何の気なしにその池の畔へ出た。

すると青々とした水の面がぎらぎらする日の光りに照て一本の大きな合歓の木が池の上に垂れかかっていた。

「この池の名は何というだろう?」

二郎はその合歓の木蔭に来て鎌や、鉈を投り出して、芝生の上に横になって何を考うるともなく熟と池の上を見下している。爽やかな風がそよそよと池を渡って合歓の木の葉が揺れると寂然としている池の彼岸で鶺鴒が鳴いている。うす緑色の木の葉も見えれば、真蒼な常盤木の色も見えている……しかし人影は見えなくて静かな初夏の真昼である。

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