小川 未明
不思議な鳥
一
車屋夫婦のものは淋しい、火の消えたような町に住んでいる。町は半ば朽ちて灰色であった。
町には古い火の見櫓が立っていた。櫓の尖には鉄葉製の旗があった。その旗は常に東南の方向に靡いていた。北西の風が絶えず吹くからである。また湯屋があった、黒い烟が、町の薄緑色の夕空に上っている……車屋の家は、軒の傾いた小さな店で蝋燭屋の隣りにあったが、日が暮れると直に戸を閉めてしまうのが常である。老夫婦は成たけ日暮方の寒い風に当らないようにしている。自分で枯木のような体だと思って大事にしている。どうせ老い先は余り長くない。けれど風を引いて早く死ぬにも当るまいと思っているらしい。昔は夜道でも車を引いて歩いたことがあったが、この四五年は車を人に貸しているばかりで毎日軒の柱に掛けた小鳥の囀るのを見て日を暮している。庭へ出て蜘蛛を捕って来てやるのが課業である。老婆は大きな眼鏡をかけて冬の仕事に取かかって襤褸を縫ている……鳥籠の上に彼方の家根の上から射し下す日は温かに落ちて、小鳥は頸を傾げて澄み渡った空を細い竹の骨を通して眺めながら小声で囀り始める。それを見て目を細くして聞いている髭の白い老人は、いつしか自分の若かった時分の日のことを考え出す……。
「ああ、己もあんな時代があったのだ。」……其様空想に耽っていると、日は蔭って、小鳥は囀るのを止めてしまった。