小川 未明
百合の花
太郎の一番怖がっているのは、向うの萩原のお婆さんで、太郎は今年八歳になります。この村中での一番の腕白児で、同じ年輩の友達の餓鬼大将であります。萩原の勇というのが友達の中で一番弱いから弱虫弱虫と言って、よく泣かせて帰します。するとすぐにお婆さんが、目球を光らかして、しょうつかの鬼婆のようにぼうぼうと髪の乱れた胡麻塩頭を振りたてて、
「これ太郎! どこにいる。お前はまた家の勇を泣かせましたねえ、太郎、さあ私がお前さんをいじめて上げるから、お出でなさい」と息せいてやって来ます。太郎は冷汗を流しているとお婆さんは太郎の頬辺をつねったり[#「つねったり」は底本では「つめったり」]、太郎の襟元を捕えて引き摺るのであります。だから、太郎は勇が泣いて帰ればすぐ逃げて姿を隠すのが常であります。
ある日太郎は独楽を持って、夏の炎天に遊びに出ました。太郎の独楽は鉄の厚味が二分もあって、心棒は太くて、大きな独楽でありましたから、独楽合戦をしましても、小さな木独楽はぽんぽん刎ね飛ばされて、真二つにも、三つにも割られてしまうのです。それで太郎はいつも独楽合戦の時には一番の大将で、太郎と戦うのをみんな恐れていました。
今日は、往来へ出て見ましても、あたりに友達の影が見えないので、ひとりで独楽を持ったまま、友達欲しそうに歩いていますと、頭の上には銀蜻蛉が飛んでいます。