室生 犀星

蛾

一

お川師堀武三郎の留守宅では、ちょうど四十九日の法事の読経も終って、湯葉や精進刺身のさかなで、もう坊さんが帰ってから小一時間も経ってからのことであった。表の潜り戸が軋むので、女房が立って出て見ると、そこへ、いま法事をあげたばかりの武三郎が、くぐり戸から四十九日前に出たきりの川装束で、ひょっこり這入って来た。

心持のせいか髪も濡れ、顔も蒼ざめていた。おあいは、吃驚しすぎて、声も出ないで凝然と見戍っていた。が、すぐに自分の夫であるかどうかさえ気疑いが起っていちどきは悪感をさえかんじた。

「いま帰った。どうしたんだ。この線香の匂いは――。」

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