室生 犀星

三階の家

三階の家は坂の中程にあった。向う側は古い禅寺の杉の立木が道路の上へ覆いかかり、煉瓦造りの便所の上まで枝を垂れていた。こんな坂の中途に便所がどうして建っているのか。一寸不思議な気がする、――その便所の廂へ瓦斯燈がさびしく点れていた。

三階の一階は小間物屋を兼ねた店につづいて、造花屋があり、その隣は八百屋であった。二階は全部何時も借手がなく、雨戸は閉されがちであった。時たま、造花屋で大物の造花を拵える時に雨戸が開くくらいだった。

三階の北側にH新聞の記者の松岡という男が住んでいたが、その隣の部屋は閉じたきりで、明いたことがない………そればかりでなく、その隣の間も雨戸が閉ったままであった。時々借手があるのだが、荷車が着いたかと思うと二三日すると直ぐに越して行った。家主はすぐ裏町の湯屋であったが、今度は日曜だけを師団の兵隊に貸すことにしていたが、それも三度ばかりで兵隊の方で来なくなったらしかった。別に何の噂もなく極めて平凡な貸家だが、誰も落着かぬらしかった。

一階のはずれは八百屋が三辻の角になり、遊廓へ這入る口であった。造花屋は坂の上にあたるので、穴蔵が仕組れ、八百屋が使用していた。

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