室生 犀星
童子
一
母親に脚気があるので母乳はいっさい飲まさぬことにした。脂肪の多い妻は生ぬるい白い乳をしぼっては、張ってくると肩が凝ってならないと言って、陶物にしぼり込んでは棄てていた。少しくらいなら飲ませてもよいと云う樋口さんの説ではあったが、私はそれに反対し、妻もそれに同意した。脚気症の母乳はよく赤児の脳を犯すことや、その取り返しのつかない将来のことを思うと、絶対にやってはならないことだった。「あなた方がそんなお考えなら勿論やらない方がいいんです。あとあとのことを考えると良くないから。」医者の樋口さんも毎時ものように強情な私を知っているため賛成したのである。
「こんなに張っているのを飲まされないなんて……すこしくらいなら関わないんじゃないでしょうか。」
母親は、寛い胸から乳房を掴み出し、柔らかいぽとぽと音を立てて陶物に滴れる乳を見ながら、口惜しそうに云った。