室生 犀星
後の日の童子
一
夕方になると、一人の童子が門の前の、表札の剥げ落ちた文字を読み上げていた。植込みを隔てて、そのくろぐろした小さい影のある姿が、まだ光を出さぬ電燈の下に、裾すぼがりの悄然とした陰影を曳いていた。
童子は、いつも紅い塗のある笛を手に携えていた。しかしそれを曾て吹いたことすらなかった。
植込みのつたの絡んだ古い格子戸の前へ出て、この家のあるじである笏梧朗は、そういう童子のたずねてくる夕刻時を待ち慕うていた。青鷺の立ち迷う沼沢の多かったむかしにくらべ、この城外には、甍を立てた建物が混み合っていた。