中谷 宇吉郎

千里眼その他

もう三十五年くらい前の話であるが、千里眼の問題が、数年にわたって我が国の朝野を大いに騒がしたことがあった。私たちも子供心にその頃は千里眼を全く信じていた。子供たちばかりでなく、親たちも信じ、学校の先生たちも信じていたようであった。

この頃或る機会に、その頃千里眼問題に直接関係された先輩の一人から、当時の関係記録を借覧することが出来た。それを読んで行くうちに、私はこの問題は一種の流行性熱病と見るのが一番至当であろうという気になった。

ところでこういう昔の話を今頃になって持ち出すのは、この種の熱病の流行は、必ずしもその国の科学の進歩程度には依らないという気がしたからである。もしそうだとしたら今後も流行する虞れがある。特に大戦争下などにはその虞れが濃厚であるとも思われるので、予防医学的な意味で、当時の世相を顧みておくことも無用ではなかろう。

千里眼の最初は明治四十一年の夏、熊本の御船千鶴子が、密封したものの中を見るという即ち透視の能力を得たと言い出したことに始った。その後丸亀市の長尾郁子が同じような能力を示し、その他にも方々でそういう人が現れて来た。そのうちに念写という問題も出て来た。この方は一層不思議なもので、密封した写真乾板に色々な字だの図形だのを、念力で感光させるというのである。

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