中谷 宇吉郎
島津斉彬公
昭和十九年の暮に、岩波文庫の一冊として『島津斉彬言行録』が出版された。これには牧野伸顕伯の序文がついている。
当時既に日本は断末魔の境にあり、この本なども、ぼろぼろの藁半紙のような紙に印刷されているまことに粗末な本であるが、これは私にとっては、大切な本の一つである。
牧野伯とは、思わぬ機縁で、今度の戦争の初め頃から、時々御目にかかっていた。ある晩、牧野伯が、斉彬公の話をもち出され、幕末のあの混乱期に、西欧の科学と技術とを採り入れ、明治の近代国家日本の基盤を作った、斉彬公の業績について話をされた。そして「いま、『言行録』の原稿を岩波に渡してあるが、本が出来たら、一冊東条にやって、読んでもらうつもりだ」と言っておられた。
牧野伯は、あの老年にもかかわらず、頭が非常に新しく、当時の日本の科学と技術とでは、米英と戦って勝味のないことを、よく知っておられた。それで斉彬公の達識に見習って、日本の科学の確立からはかれということを、東条首相に教えるつもりのようであった。