中谷 宇吉郎
面白味
昔、伊東で病気を養っていた頃、東京の一流料理店の主人が、遊びに来たことがある。料理店を通じての友人ではなく、同郷の男である。
私にはよく分からなかったが、何でも非常な食通で、料理の腕も一流だという噂の男であった。それで女房が、伊東の材料で、何か料理を教えてもらいたいと頼んだ。
それで材料を買いに出たわけであるが、驚いたことには、この先生、道路の真ん中を悠然と歩きながら、「あの牛蒡は食える」とか「あのこんにゃくはいい」とか言う。指差す方を見ると、なるほど小さい八百屋の店先に、そういうものがならんでいる。
それらを買って来て、いろいろな料理をしてくれたのであるが、そのうちの牛蒡の煮附には、ちょっと驚いた。土のついた牛蒡を洗って、大きく斜めにさっさと切って、鍋に抛り込む。そして酒と醤油だけで煮附ける。それだけのことである。醤油など、一升瓶からドクドクと注ぎ込むので、大分過剰にはいったらしい。