北原 白秋
観相の秋
序
虚と実とは裏と表である。実にして虚、虚にして実なるが故に尊い。何れは先づ実相のまことを観、観て、深く到り得て、更に高く離れむ事をわたくしは願つてゐる。
実相に新旧のけぢめは無い。常に正しく新らしいからである。これを旧しとなすは観て馴れ過ぎたからである。一時の流行は時とともに滅びる。而も人はただ新奇を奔り求める事に於てのみ、その詩境を進め得るものと思つてゐる。然し何ぞ知らむ。此の東に於てひたすら彼の西の旧を趁うて新らしと成す秋に、却て西に於ては此の東方に道を求める事が常に新風発生の素因を成してゐる。かうなると何が新らしいかと思はせられる。
再び云ふ。実相のまことこそ常に正しく新らしいものである。いつ観てもまことなる事に於て渝りは無い。芭蕉の説いた不易はこの永生の流に通ずるまことの詩の精神である。詩の正風はさうした精神に根柢を置く。この精神は殊に我が東洋芸術の真髄と成すところのものである。