小川 未明
生きている看板
町から、村へつづいている往来の片側に、一軒の小さなペンキ屋がありました。主人というのは、三十二、三の男であったが、毎日なにもせずに、ぶらぶらと日を送っていました。このあたりの商店は、一度、かけた看板は汚れて、よくわからなくなるまで、懸けておくのが例であって、めったに、新しくするということはなく、また、新しい店が、そうたくさんできて、看板を頼みにくるということもなかったのです。
「そんなことで、商売になりますかな。」といって、ペンキ屋のことを近所でうわさするものもありました。
それも、そのはずであって、いくら、地方の小さな町といっても、工場では、機械が運転をして、人々はせっせと働いていたし、またほかの商店では、一銭二銭と争って、生活のためには、血眼になっていたからでした。
ペンキ屋の主人の兵蔵は、ぶらぶらとして、自分の家の戸口を出たり、はいったりしていました。そして、ぼんやりとするときは、町の方をながめ、あるときは、村の方をながめて空想していました。