室生 犀星
懸巣
何時か懸巣のことを本紙で書いたことがあるが、その後の彼女の真似声は一層種々につかい分けをして、殆ど、かぞえ切れないくらいである。懸巣から見ると人間の声ほど珍しいものがないらしい、大きな人間を毎日籠の中にいて見ていると、とても変化があって面白いらしい。たとえば私のくせである二つ続いた咳をごほんごほんと遣るのを聞いていて、その二つ続きの咳の真似をするのである。咳というものが余程面白いらしいのである。あはははという笑い声を何時の間にか覚えていて、あははは、……と笑う。私と客と話をしていると直ぐ話し声を真似して非常に低い声でぶつぶつ囁いている。囁きながら自分でも苦心するらしく、遣り直し遣り直し遣っている。隣の寺の森に去年から急に鴉がやって来て、一番高い樹の上でああお・ああおと鳴くのを聞いていて、すぐ、それを模倣して了った。喉の嗄れたところまで、うまく、取入れているのである。鶯の声などはそっくり鶯の啼き声である。
今年の冬のあいだ近隣の猫が遣って来て夜中によく鳴いたが、夜中でもちゃんと聞いているのであろう、間もなく美事ににゃあん、にゃあんと鳴くようになった。これは傑作の方で本物の猫の声よりも美しかった。これには全く私も舌を巻いて了った。
「お宅の猫ですか。」
庭木に吊るした籠の中の声を聞いて、客はふしぎそうに問ねるのである。そして本物の猫も不思議そうに籠を見上げるくらいである。