小川 未明
単純な詩形を思う
極めて単調子な、意味のシンプルな子守唄が私の心を魅し去ってしまう。そして、それをいつまで聞いていても、私は、この子守唄を聞くことに飽きない。しかも、それを歌っているものが、無智の田舎娘であるなら、なおさら好い。
青い海のような空に、月が出て、里川縁の柳の木の枝についている細かな葉が、風に戦いで、うす闇の間から、蝙蝠が飛び出て来る。まだ西の黒い森に、紅い夕日が沈んでから間もない時分に、もはや微かに星の光が見え初める。こんな時に、私は、よく、この子守唄を聞かされたものだ。もう、私は、その歌を覚えていない。その節も忘れてしまった。
私は、このような子守唄を、幾年の後、しかも賑やかな都の中で聞くなどとは思わなかった。然るに、たまたま、この子守唄を聞くと、不思議にも、幼児の時分に帰ったような、まだ、その赤い夕日を見て鬼事をして遊んでいたのは昨日のことのような、純な、気持ちになってしまう。少なくも、今日の、この生活に苦しみ、あらゆる煩悩のために身は捕虜となって悶えている私の心を、兎に角、遠い、懐かしい、昔の北の故郷に帰らせてしまう。私はこの不思議な子守唄の魔力に驚かせられざるを得ない。
そして、この子守唄は、たとえ都の少女が歌っていても、さまで不調和とは思わない。そればかりでなく、電車の響きが聞こえて来たとて、それらのものは、この唄のイリュージョンを決して破るだけの力がない。