知里 真志保
アイヌ宗教成立の史的背景
座長(小林高四郎)では知里さんにお願いします。
知里(真志保)私ははじめ、言語から見たいわゆる貞操帯の起源、というような演題でお話しようかと思い、いささか資料も準備して来たのでありますが、はからずも先刻に河野広道氏がその問題にふれられ、ご親切にも私の持参した新資料―樺太アイヌのチャハチャンキ(chax-chanki)までも自発的に紹介の労をとって下さったので、その問題は一応ひっこめることにいたします。貞操帯に関する論議はなかなかデリケートな点にもふれなければなりませんし、かたがた病床から起きだして来たばかりの私にとってはそのようなよけいな神経を使うのはいささか重荷でもありますので、ここではアイヌに存在した呪術的仮装舞踊劇のことをお話して、神話の起源にふれ、神の観念の形成される史的背景を明らかにし、さいきん問題になっているイオルやパセオンカミの問題にもふれてみたいと存じます。
一 アイヌ社会に於ける呪術的演劇の存在
アイヌの社会に於ては、他の未開社会の場合と同様に、呪術というものが非常に大きな働きを演じているのであります。たとえば、彼等が山でマイタケを見つけたといたします。マイタケのことを樺太では“イソ・カルシ”(iso-karus)と云い、北海道では“ユク・カルシ”(yuk-karus)と云い、いずれも“熊きのこ”の意味でありますが、樺太の白浦では、この“きのこ”の生いかけを見たら、棒切れでその廻りの地面に大きな輪を描いたと云います。それほど大きくなれといったような意味でありましょう。秋になってこの“きのこ”を取る時は、必ず、まず槍を構えて、掛声もろとも突き出すまねをしてから取