三好 十郎
棺の後ろから
1
爺さん、立上れ!お前はそっちを担いでくれ、俺はこっちを担ぐ泣くな、爺さん、これがどうしたと言うんだ?死んだんだ、死んだだけだそして死ぬと言う事は死ぬことだ――「お粥でいいから、ねえ、食べさして」と彼奴が言った時に、お粥はおろか、のりも無かったことだ。「薬を差上げるからおいでなさい」と医者が言った時に俺とお前の空の財布が叫び声を立てたと言うことだ。一番しまいの息を引取る時に、彼奴の咽喉はピストンに油が切れた様にヒューヒュー言ったろう彼奴は火箸の様な手を天井の方へ差上げたろうそして「苦しい、苦しい、助けて頂戴な」と言ったろうそれが死だ――畜生!そして死んじまやがったあたり前だ、油が切れたんだ!お前の娘だった、そして俺の女房になる筈だった頬っぺたの青い、いつもしめった様に水っぽい髪をした奴はおれ達のところから居なくなりやがった。
2
ヨロヨロするな、爺さん!「助けて頂戴な」と言われても彼奴のわきにはお前と俺と二人しか居なかった。そして彼奴の咽喉にからんで来る最後のタンがいくらゴロゴロ言っても二人には手出しが出来なかった。「俺はあんなゴクつぶしのストライキなぞに入るんじゃ無かった、いい年をして」爺さん、お前は血迷って、そう言ったな、よかろう! お前が俺達と一緒にストライキに入っていなかったらそうさ、お前は絹の着物を着れたのか?それから、彼奴が喜こんでくれたのか?爺さん、ヨロヨロするな!――彼奴は何もかも知っていた、「苦しい、助けて」と言ったのは彼奴だったが、しかし彼奴一人が本当は言ったのじゃ無いんだ。その後に俺が「おかね、まだ見えるか?」と言うと彼奴は何と言った、え、爺さん、おぼえ