加藤 一夫
わが児に
坊や、私は今お前を見るお母さまの側にそい寝して居るお前を見る何と云うこましゃくれた相だ何と云う不思議な生物だそれが十ヵ月前に生れたあのみにくかった肉塊か母の胎内から外にとび出してさながら世の中を馬鹿にしたように一しゃくりくしゃみしてさて初めてオギャアと泣き出したあの肉塊かああお前は実に、私の驚異だ
まだお前のお誕生が来ないのにお前はもう立派な人間だ人並みにお前は悲しみを知って居る、人並みにお前は寂しさを知って居るそしてまた喜びを、怒りを、嘆きを、厳粛を、滑稽を、遊戯を、飢えを、満腹を、お前はもう大人の言葉をききわけるお父さまがしかるとお前は泣くお母さまが愛想の言葉をかけるとお前は喜ぶお前はまたお前自身の言葉をもって居る、機嫌のいい時にはアップアップと云い要求するときには泣き悲しい時にも泣き、怒るときにも泣く、泣くことがお前の言葉だだがお父さまにはその泣き方でお前の心がわかる、
お前は恐ろしい観察者だたった一つのマッチ函でもお前はそれをあだには持たぬ幾度も幾度もお前はそれを持ちかえて見る、先ずその赤い絵のついて居るところを、それからその反対の側を、それからその横側を、それからそのたて側をそして何時の間にかお前はその内容をひき出してたのしむで居る。どんな科学者もお前程には精密な研究をしないだろう
お前はもうあの紙鳶を覚えて居るお祖父さまから贈って下さったあのお前の好きな紙鳶を「坊や、紙鳶は」お母さまがたずねるとお前はきょろきょろとあたりをみまわしてそしてついにそれを見つける、お前はまた電燈を覚えた、時間をも、小母さまをも、せつやをも、お父さまをも、お母さまをもそしてトウトウの鳴きご