西東 三鬼
美女
船欄に夜露べつとり逃ぐる旅
私はいつも逃げてばかりゐるやうです。それといふのも、私といふ男は、齢五十をとうに過ぎてゐながら、私と同じ生きものである人間、特に女の人に対する抵抗力が実に弱く、まるで生れたての赤ん坊がたやすく風邪をひくやうに、やられてしまふのです。
はじめ軽いくしやみが一二度出たかと思ふと、アッといふまに肺炎を併発して高熱にうなされるのです。困つたものです。
そこで私は元々貧弱な勇気をふるひ立てて、女の人に対する皮膚の抵抗力を増進させるため、冷水摩擦のたぐひを試み、あのかぐはしい香気が、人よりも大きな鼻の孔に侵入しないやうにと、マスクなども用ひるのですが、何のたしにもならないのです。