大倉 燁子
鉄の処女
1
寒い日の午後だった。
私は河風に吹かれながら吾妻橋を渡って、雷門の方へ向って急ぎ足に歩いていた。と、突然後からコートの背中を突つくものがあるので、吃驚して振り返って見ると、見知らない一人の青年が笑いながら立っていた。背の高い、細長い体に、厚ぼったい霜降りの外套を着て、後襟だけをツンと立てているが、うす紅色の球の大きなロイド眼鏡をかけている故か眼の下の頬がほんのりと赤味をさしている。彼は吸いかけの煙草をぽんと投げ捨てて、つと私の傍をすりぬけて、一間ばかり行ったかと思うと、何と思ったか、今度はくるりと踵を返して後戻りして来た。私はその顔を見てハッと思った。
「S夫人!」