大倉 燁子
むかでの跫音
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福知山から三田行に乗り換えた時には、もう汽車の中にまで夕闇が迫っていた。
園部の新生寺の住職――それは亡夫の伯父なのだ――が急死したという電報を受取ると直ぐ東京から馳けつけて来て、この三日間というもの、通夜だ、葬式だ、とおちおち眠る暇もなかった。亡夫側の親類や知人ばかり集っている中で、気兼しながら暮したので、日数は僅だが、すっかり疲労れてしまい、帰りの列車に乗り込んで、やっと自分一人きりになったと思うと気が弛んだせいだろうか、急に睡眠を催してきた。
小さい駅を通過した時、車体の動揺にふと目が覚めた。するといつの間にか向い合せの座席に、モーニングを着た長髪の紳士が腰かけている。居眠りしていたのを見られたかと思うとちょっと耻しい気がした。というのは全くの見ず知らずではなかったからだ。新生寺に滞在中この人と私は毎日のように顔を見合せていたので、別段改って紹介はされなかったが、お互に黙礼位は仕合うようになっていた。彼は有名な天光教の総務で、また学者としても世間に知られていた。神主さんのような人と、坊さんの伯父との間に、生前どんな親交があったか知らないが、とにかくその死が不自然な自殺であったし、撰んだ最後の場所が天光教の奥書院だったという、ただそれだけの理由で、伯父側の人々は彼に対して非常な反感を懐いていたのを見聞きしていたので、よくも知らない私までが、何となく快からず思うようになっていた。