野村 胡堂

銭形平次捕物控

一

三田四國町の大地主、老木屋勝藏の養父で今年六十八になる八郎兵衞は、その朝隱居所の二階で、紅に染んだ死骸になつて發見されました。

老木屋といふのは、裏庭に一と抱に餘る松の老木があるので知られた家で、先代の主人八郎兵衞は病弱のため五年前に隱居し、家督を夫婦養子の勝藏お元に讓つて、老妻のお妻と二人、母屋からは廊下續きになつて居る小さい二階家の離屋に住んで、雜俳に凝つたり、笊碁を打つたり、時間を潰すのにばかり苦勞すると言つた、まことに結構な身の上だつたのです。

その結構人の八郎兵衞が、老妻のお妻が麻布の親類へ行つて泊つた晩、離屋の二階六疊で、喉笛を掻き切られ、冷たくなつて死んでゐるのを、朝の掃除に行つた、下女のお今に發見され、老木屋始まつて以來の騷ぎになつてしまひました。

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