野村 胡堂
銭形平次捕物控
一
増田屋金兵衞、その晩は明るい内から庭に縁臺を持出させ、九月十三夜の後の月を、たつた一人で眺めることにきめました。
金があつてしみつ垂れで、人づき合ひが嫌ひで、恐ろしく風流氣のある金兵衞は、八月十五日の名月も、この獨自のシステムで觀賞し、悉く良い心持になれたので、それを又くり返して、その頃嫌つた片月見にならぬやうにと、いとも經濟的な魂膽だつたに違ひありません。
奉公人や近所の者が何んと言はうと、思ひ立つた事は遠慮會釋もなく實行に移すのが、それが金持の特權であり、風流人のたしなみであると信じきつてゐるので、番頭や伜がその不穩當さを非難したところで、耳を傾けるやうな金兵衞では無かつたのです。