野村 胡堂
銭形平次捕物控
一
相模屋の若旦那新助は二十一、古い形容ですが、日本橋業平といはれる好い男の癖に、去年あたりからすつかり、大弓に凝つてしまつて、大久保の寮に泊り込みのまゝ、庭の※(「土へん+朶」、第3水準1-15-42)で一日暮すことの方が多くなりました。
主人の喜兵衞はそればかり心配して、親類や知己に頼んで、縁談の雨を降らせましたが、新助はそれに耳を傾けようともしません。
大久保の寮の留守番には、店中の道樂者茂七を置いて、出來ることなら、若旦那新助の趣味を、歌舞伎芝居なり、江戸小唄なりに振り向け、間がよくば、遊びの一つも覺えさせようとしましたが、それが大當て違ひで、道樂者の茂七までが、木乃伊取りが木乃伊になつて、大弓に凝り始めたといふ情報が、大久保にやつてある下男の權治の口から店の方へ傳へられました。