野村 胡堂
銭形平次捕物控
一
かねやす迄を江戸のうちと言つた時代、巣鴨や大塚はそれから又一里も先の田舍で、田も畑も、武藏野の儘の木立も藪もあつた頃のことです。
庚申塚から少し手前、黒木長者の嚴めしい土塀の外に、五六本の雜木が繁つて、その中に、一基の地藏尊、鼻も耳も缺け乍ら、慈眼を垂れた、まことに目出度き相好の佛樣が祀られて居りました。
尤も、板橋街道の直ぐ傍で、淋しいと言つても、半町先には町並らしいものがあり、黒木長者に出入する商人やら里人やら、この地藏尊の側を通して貰はなければなりません。が、何分にも、時代も素姓も知れぬ濡れ佛で、折々の齋を獻ずる者はおろか、涎掛けの寄進に付く者もないといふ哀れな有樣だつたのです。