野村 胡堂
銭形平次捕物控
一
錢形平次もこんな突拍子もない事件に出つくはしたことはありません。相手は十萬石の大名、一つ間違ふと天下の騷ぎにならうも知れない形勢だつたのです。
江戸の街はまだ屠蘇機嫌で、妙にソハソハした正月の四日、平次は回禮も一段落になつた安らかな心持を、其陽溜りに持つて來て、ガラツ八の八五郎を相手に無駄話をして居ると、お靜に取り次がせて、若い男の追つ立てられるやうな上ずつた聲が表の方から聞えて來ます。
「八、こいつは飛んだ御用始めになりさうだぜ、手前は裏からそつと廻つて、あの客人に氣を付けるんだ」