野村 胡堂
銭形平次捕物控
一
その晩、代地のお秀の家で、月見がてら、お秀の師匠に當る、江戸小唄の名人十寸見露光の追善の催しがありました。
丁度八月十五夜で、川開きから三度目の大花火が、兩國橋を中心に引つ切りなしに打揚げられ、月見の氣分には騷々しいが、その代りお祭り氣分は申分なく滿點でした。
追悼と言つたところで、改まつた催しではなく、阿呆陀羅經見たいなお經をあげ、お互ひに隱し藝を持寄つて、飮んで食つて、花火が打ち止んだ頃お開きにすればそれでよかつたのです。神祇釋教戀無常を一緒くたにして、洒落のめしてその日/\を暮してゐる江戸時代の遊民達は、遊ぶためには法事も祝言も口實に過ぎなかつたのです。