野村 胡堂
銭形平次捕物控
一
三河町一丁目の大元締、溝口屋鐘五郎の家は、その晩割れ返るやうな賑ひでした。親分の鐘五郎は四十三歳、後厄の大事な誕生日を迎へた上、新に大々名二軒の出入りを許されて、押しも押されもせぬ、江戸一番の人入稼業になつた心祝ひの酒盛だつたのです。
集つた子分は三十八人、店から奧へ三間ほど打つこ拔いて、底の拔けるやうな騷ぎ。――十六基の燭臺、二十幾つの提灯に照された酒池肉林は、歡樂極まつて淺ましい限りでした。
親分の鐘五郎は、暫くこの有樣を眺めてをりましたが、あまり強くない酒を過したのと、この上頑張つてゐると、子分共の感興を妨げることに氣が附いて、上座の子分二三人に目顏で合圖をしてそつと起ち上がりました。こゝから廊下續きの自分の部屋に歸つて、靜かに休むつもりだつたのでせう。