野村 胡堂

銭形平次捕物控

一

兩國の川開きが濟んで間もなく、それは脂汗のにじむやうな、いやに、蒸し暑い晩でした。その頃上方から江戸に入つて來て、八百八町の恐怖になつた、巾着切と騙りの仲間――天滿七之助の身内十何人を珠數つなぎにして、江戸つ子達にやんやと喝采を送られた錢形平次と八五郎は、町奉行村越長門守樣小梅の寮に招かれ、丁寧なねぎらひの言葉があつた上、別室で酒肴を頂いて、寮を出たのはかれこれ亥刻近い時分でした。

平次も八五郎も悉く充ち足りた心持で、醉顏を濕つぽい夜風に吹かせ乍ら、兩國橋の上にかゝると、丁度金龍山の亥刻(十時)の鐘が鳴ります。上を見て通れ――と言はれた夏の兩國橋、亥刻過ぎになると、水の面もさすがに宵の賑はひはありませんが、それでも絃歌の響や猪牙を漕がせる水音が、人の氣をそゝるやうに斷續して聽えるのでした。

八五郎の他愛もない手柄話を空耳に聽き乍ら、丁度橋の中程まで來た時のことです。

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