野村 胡堂
銭形平次捕物控
一
「こいつは可哀想だ」
錢形平次も思はず顏を反けました。ツイ通りすがりに、本郷五丁目の岡崎屋の娘が――一度は若旦那の許嫁と噂されたお萬といふ美しいのが、怪我で死んだと聽いて顏を出しますと、手代の榮吉がつかまへて、死にやうに不審があるから、一應見てくれと、厭應言はさず、平次を現場へ案内したのです。
それは三月の四日、雛祭もいよ/\昨日で濟んで、女の子にはこの上もなくうら淋しいが、華やかな日でした。桃は少し遲れましたが、櫻はチラリホラリと咲き始めて、昔ながらの廣い屋敷を構へた大地主――岡崎屋の其處からはお茶の水の前景をこめて富士の紫まで匂ふ美しい日、この情景とは凡そ相應はしくない、陰慘なことが起つたのでした。