野村 胡堂
銭形平次捕物控
一
兩國橋を中心に、大川の水の上にくり擴げられた夏の夜の大歡樂の中を、龜澤町の家主里見屋吉兵衞の凉み船は、上手へ、上手へと漕いで行きました。
船は大型の屋形で、乘つて居るのは主人吉兵衞、娘お清、養子の喜三郎、番頭周助、それにお長屋の衆が五六人野幇間の善吉に、藝者が二人、船頭が二人、總計十四人といふ多勢で、三味と太鼓の大狂躁曲に、四方の船を辟易させ乍ら、さながら通り魔のやうに白髯のあたりまで漕ぎ上つたのです。
夜は暗く、雨模樣でさへありました。六月二十二日の月はまだ昇らず、意地惡く風さへ死んで、飮んで騷いで大汗になつて、この凉はまことに散々でしたが、アルコールがゆき渡ると、それさへも忘れて、恐るべき出鱈目騷ぎが次から次へと、天才的な飛躍で展開するのです。