野村 胡堂

銭形平次捕物控

一

心中でもしようといふ者にとつて、その晩はまことに申分のない美しい夜でした。

青葉の風が衣袂に薫じて、十三夜の月も泣いてゐるやうな大川端、道がこのまゝあの世とやらに通じてゐるものなら、思ひ合つた二人は、何んのためらひもなく、水の中へでも火の中へでも飛び込み度くなることでせう。

神田鍋町の雜穀問屋、三芳屋彦兵衞の甥の音次郎と、同じ店に奉公人のやうに働いて居る、遠縁の娘お京は、晝の内に打合せて置いた通り、その晩の亥刻半(十一時)に、元柳橋の橋の袂で落ち合ひました。

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