野村 胡堂

銭形平次捕物控

一

八五郎は獨りで、向島へ行つた歸り、まだ陽は高いし、秋日和は快適だし、赤トンボに誘はれるやうな心持で、フラフラと橋場の渡し舟に乘つて居りました。

懷中はあまり豐かでないが、新鳥越の知合を訪ねて、觀音樣へお詣りして、雷門前で輕く一杯呑んで、おこしか何んか、安くて嵩張るお土産を買つて、明神下の錢形の親分のところへ辿り着くと、丁度晩飯時になる――と言つた、まことに都合の良いスケジユールを組んで、舌なめずりをしながら、向う岸の橋場に着くと、船頭の粗相か、客が降り急いで、船を傾けたせゐか、乘合船は思ひも寄らぬ勢ひで、岸から張り出した足場へ、ドシンと突き當つたのです。

「あつ」

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