野村 胡堂
銭形平次捕物控
一
江戸の閑人の好奇心は、途方もないところまで發展しました。落首と惡刷りと、グロテスクな見世物が、封建制の彈壓と、欝屈させられた本能の、已むに已まれぬ安全瓣だつたのかも知れません。
錢形平次のところへも、夥しい忠告と、皮肉と、當てつ摺りと、中傷の手紙が舞ひ込みます。それを一々取合つても居られないのですが、中にはどうかして、思ひも寄らぬ事件に發展するものもないではありません。
栗唐一座の、眞珠太夫の噂も、近頃平次の注意を惹いた一つでした。何しろ、善惡共に滅茶滅茶の評判です。惡口の方は、商賣敵の陷穽にきまつて居ますが、漠然と江戸中に擴がつた、眞珠太夫の人氣も大變なものです。これだけの人氣をたつた三月くらゐの間に掴んだのは、切支丹の魔法使ひではあるまいか、と飛んだことを言ふあわて者もあつた程です。