野村 胡堂

最近の犯罪の傾向に就て

支那の詐偽、及び犯罪に関するいろいろな徴候を見ると、非常に緻密な組織になっている。

日本でも、徳川時代に詐偽のものを書いたものがあるが面白い。

近頃の日本の犯罪は、無技巧な野蛮な感じを窺える。国民性の粗雑な、むき出しの気持を暴露したものでうとましい。これは徳川時代にも辻斬りなどというものがあり、相手に対し怨みも何も無いものを犠牲にして、首をチョン切るというようなことをした。日本人の持つかくれた野性の現れで、どんな人であろうが構わない。何の同情もない自分の腕の冴えを試すという。丁度昔の弁慶がやった千人斬――嘘でしょうが――と同様で、これが英雄的なもののように取扱れたばかりでなく、一般からは讃美されるべきことのように思われて来た。日本では古くから行われて来たことであるが、それは日本人の歪められた英雄的な考え方である。

それが敗戦の直後で、毒性の暴露を加味して来て、さながら徳川時代の辻斬強盗や武士に習うというようなモラルのないものが結びついて、日本的なもののように思われて来た。こういうものを矯めるには、一つには国民の教養を高める他はないし、また経済的生活の保証を与えること、宗教をさかんにすること等である。孔子の言葉を藉りて云うと、忍びざるの心自分の身に比べて見る、そういう気持を養成してゆくことである。犯罪者は結果を考えないから情操を養うと云うことが大切である。

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